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頭を使うことを比較的好むが、難しいことは不得手。
博覧強記を目指すが、底は浅い。
凝り性な反面、飽きっぽい。
ゲーム好きで、ギャンブル嫌い。
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「明日できることは今日しない」
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今日は土用の丑の日。
とくれば、鰻を食するのが慣例となっている。
うちの寮でも今晩のおかずで登場した。
僕は蒲焼きのたれが濃いのがちょっと苦手なんだけど、
季節ものだし、おいしくいただくことにした。

土用丑の日に鰻を食べるという習慣は、
もともとは江戸時代に平賀源内が考え出したアイデアらしい。
しかし、ここまで定着すると、平賀は思っていたのだろうか。
もしかしたら思っていたのかもしれない。

夏の食についてもうひとつ。
先日、海水浴に行ってきたのだが、そのときにスイカ割りをしている人たちがいた。

{
このスイカ割りというものの起源は、鎌倉時代にまでさかのぼる。
平家の落ち武者狩りが行われていた頃、武将平利盛が九州北部の砂浜で夜襲を受け、討ち取られた。
首実検のために利盛の首を捜したが、辺りには大勢の死者がおり、さらに闇夜であったために誰が利盛か分からない。
そこで、辺りにある死者の首を太刀にて切り、夜が明けるのを待って確かめることにした。
夜明けになると、切り落とした首が砂浜に散乱していたという。この状態を「誰何の様(すいかのさま)」といったらしい。
後に、中国からある果物が持ち込まれたとき、畑にその実がなる様子が先ほど「誰何の様」にそっくりだった。
ここで、この果物を「すいか」と名づけ、闇夜で利盛の首を捜して切り落とす様を儀式化したものがスイカ割りとなったのである。
(参考文献:民明書房『知られざる日本の歴史』)
}
とここまで({〜}内)は、僕のうそっぱちであるので信じてはいけない。平利盛なんていうのも実在するか知らない。もしいたらごめん。
ただ、スイカ割りには何らかの起源があるのではないかと思っている。
なんか、儀式っぽいところがあるし、雨乞いの儀式とかそんなんが簡略化されたようにも思える。
だれかスイカ割りの起源、知ってる人いませんか?

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